さなぎ長文

けいば 妄言

ダービージョッキーに会いに新潟まで行った話

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新潟の空に消えそうになる福永さんに手を伸ばそうとして でも私にはあまりにも新潟の空は広すぎて何もできなかった

 

 目の前を蹄の音を立てて風のように過ぎ去っていったふくながさんをずっと見ていて、まるで涼しかった新潟の空にそのまま駆け上がってしまいそうに見えたけど、日曜日テレビで競馬をみてたらちゃんと札幌にふくながさんいたからたぶんあれは幻だったんだろう。

 

 新潟は暑くはなかった それは台風かなんかで全国が涼しかったらしい 私は無意識のままに気づいたら新潟にいて、気づいたら新潟競馬場にいた。

 

 

 

 福永祐一というジョッキーがいるらしい 私がそういう書き方をするのは、常に彼は私にとって空想にもちかい非現実感の中に存在し、その実在性を考察すればするほどサラブレッドたちは脳内で跋扈しうごめくので掴めないからである。最初に彼の名を知るきっかけとなったのはうら寒い3月のことであった、東京ドームの23番ゲート近くの場外馬券場に家族と怖いもの見たさで入って行って、そこで物珍しさから弥生賞馬連を買った たぶん一番がダノンプレミアムで(それはとてもおいしそうな名前だったから)二番はワグネリアンにした 。馬連だから一番も二番もないじゃないですか そういうかもしれませんが私はなにもわからなかった。どれくらいわからなかったと言われれば、家族と馬券を買うつもりでオッズカードを買ったぐらいにわからなかった。我々は散々な思いで3枚のオッズカードと2枚の馬券を買って東京ドームに入った どちらをおうえんするわけでもないヤクルト対巨人の試合を見て、その途中で阿部がいやらしいほどにホームランを打って巨人は勝った。

 初めて買った馬券はダノンプレミアムとワグネリアン馬連だった。たぶん500円は1500円になった。

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 二度目に馬券を買ったのはあまりにも暑い5月の末のことだった。私は友人と西武ドームで野球を見ることになっていた なぜ馬券を買ったのかと言われたら、そりゃあ日本ダービーだからと答えるしかなかった。前回のビギナーズラックから、私は悪い自信をもって適当に選んだ3頭のサラブレッドにおみくじをまかせることにした それは一頭はおそらく初めてオグリキャップディープインパクト以外に名前を知ることとしたダノンプレミアム、かすかに名前を覚えていたワグネリアン、あとは皐月賞で(このときすでに日曜日のテレビで競馬を見ることはしてたけれどどうだったんだろう)1着だったエポカドーロ それぞれ500円ずつ単勝で掛けた かけた場所はそこにいたるまで日光を目に入れすぎた新宿のウィンズ、日光にやられながら池袋まで行って、気づいたら西武ドームで蒸し焼きにされるための輸送線路の中で騎手の名前を調べていた。 

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 今も忘れない家族から十七番が勝ったとメールが来て、その三十分あとに浅村が二塁を踏み忘れるなどしてライオンズは屈辱的な逆転負けをした。わたしは震えながら三頭の名前が書かれた定期券サイズのぺらがみをもって遊園地電車に乗り、夜をかけて西武線でどこかへ帰った。その夜動画サイトを見て私はワグネリアンの鞍上に居る男の名前を覚えた だって実況がけたたましく、まるで筒香がホームランを打ったかのように言っていたのだ 鞍上は福永祐一ワグネリアンワグネリアン、鞍上は福永祐一

 

 福永祐一の顔を女性ファン向けの公式サイトで確認したのを覚えている。まるで上品な小柄の音楽教師みたいな出で立ちだった。いままでジョッキーといえば武豊氏かルメール氏しか知らなかった私にとって、洒脱で優しそうな顔の福永氏は新しい世界であった。かっこよかった。とてもかっこよかった。

 

 最初に行った競馬場はどこですか?それは府中です。

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 府中でヴィヴロスのぬいぐるみを買ってあとはゆっくりと過ごしていた。パドックで回遊するサラブレッドを見たり、馬券かうところで逡巡したり、放牧されている引退した馬を見たりしていた。しかしてメインレースはやってくる。芝を伝う蹄の音を寝転がりながら聞いている。宝塚記念はミッキーロケットが勝ったらしいですね。鞍上は和田竜二。私はぼうっとした頭で(球場のときよりは飲んでいないはずだったけれど)府中競馬場から去った。電車の中で無造作にスマートフォンを操作して、ふくながさんを再履修していた。育ちの良さそうな優男さんで家族も持っていて、親父さんは本当に素晴らしい人。そういうウィキペディア的な知識を頭につめこみつつ、もちろんあの良血馬キングヘイローのこともしらべた(キングヘイロー号はすでにとある媒体でお嬢さんの姿になっていて、それはかつてお嬢さんにされた軍艦のようにきゃんきゃんと可愛かった) 

 福永祐一氏を調べるうちに、とある感情がこみ上げてきた。ああこの人を 一度でも生で見られることがあったら 私はどれだけ幸せものなのだろう。そして彼方に 芝の彼方に福永さんがサラブレッドで駆けゆく姿を見られれば 私はどれだけ幸せなのだろう。

 

 

 

 夢にまで見た福永祐一

 

 

 なんども不器用な寝ている間の夢を見た 新幹線が止まる夢  競馬のために新潟にいくのを反対されて 怒られる私の夢

 

 私が福永氏を応援したいと思った頃には、競馬は夏競馬に推移し、私は新潟に遠征しないといけないことになっていた。でも昼間の夢を見るためにいろいろと手はずを整えた。夜に見る夢はだいたい悪夢だ。でも夢を叶えたいから、悪夢は忘れたし、まあお盆前の業務はだいたい悪夢みたいなものだったけれど、私は耐えた。夏場の府中を走る馬はいない。私はその時期中央競馬を見るためには新潟か札幌にいくべきなのだ。札幌は遠すぎる、新潟なら 新潟なら そして奇跡的に公休は降ってくる。 土曜の新潟競馬に行ける日程だった 血なまこで新幹線と、派手な社長のビジネスホテルを予約する。わかっている わかっていた わかっていたんだ 出走表を見て確信した。

 

 新潟

 

 新潟での旅は鷹揚だった ”とき”は途中で止まったし、バスセンターのカレーはおいしかったけれど、たべたあと眠くてずっとホテルで寝てしまったし、バスの乗り方はわからなかった。なんとか生き延びて荷物をまとめて二日目に競馬場行きのバスに乗り、私はわけのわからない感情に苛まれながら生き延びていた 乗客はほかはおっちゃんしかいなかった。

 

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 阿賀野川を越えてバイパスを掛けるとそこは新潟競馬場だった。

 

 

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 競馬とはどのようなものですか?

 

 私が思い出すのはいつだって芝の上で寝転んだ記憶だ

 永遠に時が流れるような、でもあと第10レースまで10分しかないんですよ。

 広い広い空の上 記憶を失いそうにして生きてる。

 

 私はよくわからない でも美しいものであるのは確かだ、芝の上を豪速球のように駆け抜けるサラブレッド 蹄の音が客席側まで響く シャッタースピードが足りないんです 彼らを写すには。

 じゃあパドックではと聞かれたら私はあの、回遊魚のように優雅に周回する馬たちが美しくて好きです。そして止まれと言われた彼ら彼女らが、慣れた厩舎員ではなく派手な服の優男淑女にあてがわれた時、いっときの時空的格差に固唾を飲むしかない。全部始まる。全部始まるのかと言われればそこで全部終わってしまうのかもしれません。馬が何考えているか私はわからん。ただただ早く過ぎ去る時間の塊を見つめているだけで

 

 ふり絞られた弓のように走り出す10何頭かを目視できるのかできないかと聞かれたらできない 私は何もできずにボケた写真を量産するしかしなかった。あの蹄の音を耳鳴りのように思い出せるのは、美しいからであって、決して私の頭がいいからではない。馬券を買っておくのは(だいたいそれは単複応援馬券の200円分で)最後の理性(それは射幸心とも言われる)で自分を現世につなぎとめておく必要があるからであって、だってそれ買っておかなかったら、私はただ全頭に乗った福永さんを幻視し、全頭に拍手喝采するだけの理性をなくした生き物になってしまうのだ。それほど尊いのだ サラブレッドは。

 

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 新潟の空に消えそうになる福永さんに手を伸ばそうとして でも私にはあまりにも新潟の空は広すぎて何もできなかった

 

 目の前を蹄の音を立てて風のように過ぎ去っていったふくながさんをずっと見ていて、まるで涼しかった新潟の空にそのまま駆け上がってしまいそうに見えたけど、日曜日テレビで競馬をみてたらちゃんと札幌にふくながさんいたからたぶんあれは幻だったんだろう。絞り切るような曲線美をもってして風をおいこすかぐらいに走っていた彼はすでに幻想だったし、単鞭をしならせた最終コーナー、足音共に熱狂とおじさんたちの声がこだまして、わからない感じになり、わからなくなり、わからなくなりそうだから私は必死に好きな人の背中を探していた。福永祐一福永祐一、どこに乗ってたんだっけ、何番の馬だっけ、ここはどこだっけ新潟だ 新潟 新潟ってどこ?風のように、ふり絞られた振り子のように舞い戻ってくる、まるで走馬灯のような光景。だってみんな派手な服を着ていてなにをしているか皆目見当わからないけれど、みなが弾丸のごとく走っているのはわかるのだ。私は死ぬかもしれない、あまりにも嬉しいから だって目の前を彼が駆けてゆく メインの後の最終レース新潟12R 夢にまで見た福永祐一キャナルストリート号に乗って最後の直線にかけていった。私は夢を見ていない、夢を見ていない、私は確かに目の前に福永祐一を見ていた。ここはどこだっけ 新潟だ 東京に帰るには2時間かかる。しらねえなあ。だってこのまま飛ばせば、数十秒で帰れるよ。一瞬の駆け引きののちに残るは荒涼とした 青々とした 芝。

 

 

 馬券は当たりましたか?最終レースだけ当たりました。でも同着で払戻金は少なくてね。でも万馬券が当たったんです、私たちの待つウィナーズサークル前、はにかんで勝負服に身を包み、鞍も外した若い馬とともに現れたのは福永さんでした。にこやかに話していました。その声だけで万馬券です。

 

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 帰りのバスの記憶はない 帰りの新幹線の記憶はある。ただただ田園風景を見ながら、そこを新幹線と同じような速さで走るワグネリアン号と、それにつかまる福永さんの幻を見ていたやつ。

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